ほんのり戯れ言帳
猫と食べ物と遊び。そして時々思考する。
肌で感じる事
- 2014/07/02 (Wed)
- 雑談ごと |
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東北を陸前高田から太平洋沿いを南下した。
2012年。
震災から1年ちょっとの事だった。
その震災後にボランティアで訪問した友人が、気になるから行きたいと言ったところへ私も便乗させてもらった。
何をするかではなく、行って感じるべきだと思ったからだ。
ネットだろうが、テレビだろうが、媒体を通したものは真っ直ぐに来ない。
行ったから何かが変わった
と言う事もなかった。
変わるために行ったのではないし、変えるために行ったのでもない。
でも、そこの空気全てを直接肌に染みこませたかったのかもしれない。
かつて「未来」と言われていた現在は、大きくも小さくも様々な岐路の先に存在している。
だからこれからも、気がつかないうちにたくさんの岐路を通過して、この先の「未来」からはあのときが分岐点だったと言われる「過去」を含んでいる。
「歴史」は「情報」である。
数年前、数十年前、数百年前、さかのぼればのぼるほど、情報元は薄れ、体験者はいなくなる。
そして「過去」は「教科書」の中で活字になり、受験のために必要とされていく。
そこから脱するすべを示すのは多少なりとも先に生まれた人たちが担う事。
そう遠くない日に、私は二人の子を連れ東北を訪れたいと思う。
俳優 時任三郎さんの撮影した松島がとても美しかった
2012年。
震災から1年ちょっとの事だった。
その震災後にボランティアで訪問した友人が、気になるから行きたいと言ったところへ私も便乗させてもらった。
何をするかではなく、行って感じるべきだと思ったからだ。
ネットだろうが、テレビだろうが、媒体を通したものは真っ直ぐに来ない。
行ったから何かが変わった
と言う事もなかった。
変わるために行ったのではないし、変えるために行ったのでもない。
でも、そこの空気全てを直接肌に染みこませたかったのかもしれない。
かつて「未来」と言われていた現在は、大きくも小さくも様々な岐路の先に存在している。
だからこれからも、気がつかないうちにたくさんの岐路を通過して、この先の「未来」からはあのときが分岐点だったと言われる「過去」を含んでいる。
「歴史」は「情報」である。
数年前、数十年前、数百年前、さかのぼればのぼるほど、情報元は薄れ、体験者はいなくなる。
そして「過去」は「教科書」の中で活字になり、受験のために必要とされていく。
そこから脱するすべを示すのは多少なりとも先に生まれた人たちが担う事。
そう遠くない日に、私は二人の子を連れ東北を訪れたいと思う。
俳優 時任三郎さんの撮影した松島がとても美しかった
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